2014.01.13

君代ばあちゃん





度々登場しております、僕のばぁちゃん

最近はFacebookの方に写真とかを載っけたりしてたから
ブログの登場はだいぶ久々かな?

去年の夏にカミさんと一緒にホームに会いに行ったんだけど、
ず~っと唄ってた♪




どの曲ってわけじゃないんだけど
ずっと、ふんふん、わ~わ~唄ってた。
でも

夏も近づく八十八夜~♪
って俺が茶摘みを唄ってあげると、途中から混ざってきて、一緒に唄うんだ。

考えてみると、ばぁちゃんが、子どもの俺を寝かしつける時は、必ず子守唄を唄ってた。

優しいファルセットで

ねん~ね~ん
ころ~り~よ~
おこ~ろ~り~よ~♪
って唄うんだ。

その声と、同じ声。

うちは、弟が産まれたあたりまで、じいちゃん、ばぁちゃんと一緒に住んでて、
俺と兄ちゃんは、本当によく、ばぁちゃんに遊んでもらったし、
トイレも、お風呂も、散歩も、ばぁちゃんが良くやってくれた。

だから、ばぁちゃんには、今更ながら、いろいろ恩返ししたい気持ちなんだ。




そのばぁちゃんが
この間、亡くなった。


去年の秋くらいから入院してて、年末あたりは何度も危篤の連絡が入ってて
たぶん、年は越せないだろうって言われてたけど、きっちり年を越して
最後は子どもに孫、みんなが病室に来るまで待ってから逝った。

いや~。さすがだよ。
さすがみんなが大好きな君代ばあちゃんだ。

それだけに。
本当に寂しいよ。
もっともっと話を聞かせて欲しかったし、どっかに出かけたり、歌を唄ったりしたかったなぁ。

年末に会いに行った時
「やっくんだよ~」って言ってあげたら
「やっくん、やっくん」って言ってくれたし

1月4日に会いに行った時には、何を言ってるかわからないけど、ずっと喋ってた。
でも、俺が、
「年を越せて良かったね。明けましておめでとう」って言ったら

「よかった!」

って言ってくれた。
最後まで、「よかったね~」のおばあちゃんだった。

ちょっと苦しそうに、ずっと、あーあー言ってたんだけど、手を握ってあげたら
その手を頬っぺたにあてて、落ち着いたように静かになった。


一番最後の時は、喋る事もできなくなってて、酸素マスクの中で息だけしてた。
みんなの顔をしっかり確認するように、目を頑張って開けようとしてたし、
「苦しいかい?」って聞いたら
眉間にシワを寄せてうなづいてた。

それが、はっきりしたやりとりとしては最後。

一度家に帰って、寝る直前に電話が来て。
着いた時には看護師さん達が着替えをし始めていた。

いつも通り、顔を撫でてあげたら、まだ温かかった。
心臓が止まっただけだった。


ごめんなさい。
単なる日記とはいえ、他の人も読める環境にしてあるのに、あまりに悲しい文章だよね。

これは記録。
俺の人生の中の大事な記録なので。

せめて深夜に。


しばらくは焼き場の関係もあって日にちが空いて、昨日今日で葬式だったんだけど
それは正直、儀式でしかなくて、ただ座って、ばあちゃんのこと、いろいろ思い出してた。
はっきり覚えてるのが、大人になってからの介護生活の中での事ばかりだったけど、それも大事な時間だった。


一度だけ泣いた。
溢れちゃった。


綺麗な顔だったなぁ。
でも、それももぅ骨だけになっちまった。
脳みそから解放されて、きっと全部取り戻した所だろう。

ひ孫も二人増えてて、一周忌の時には更に三人増えてる予定だ。
賑やかになりそうだ!


あっ、あまりに悲しい文章なので、ちょっとだけ(笑)

二日間ばあちゃんの葬式をやった葬儀場の部屋の名前が、
憩いニルヴァーナホール(笑)




ばあちゃんからのメッセージ
ネバーマインド
伝わりました(笑)


今は、清志郎さんの完全復活ライブのDVD見ながら
ばあちゃんとよく食べた海苔巻きの煎餅をツマミに
ばあちゃんを寝かす時に呑ませてた焼酎のお湯割りを呑んでます。




今夜は星がとても綺麗。
月も笑ってます。
ふわふわ散歩するには丁度いい夜空だよ。

87年間お疲れ様でした。

心から。

ありがとうございました。

今夜夢で逢いましょう。



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